働きに行ったはずが、港でイルカに手を振っていた。──長崎・平戸で3泊4日、サテライトオフィスおためし体験記

「平戸で3泊4日、働いてみませんか?」
そう言われて、正直まっさきに思ったのは「平戸ってどこ……?」でした。すみません。

先に言ってしまうと、この4日間で、私の中の「地方で働く」のイメージが丸ごと書き換わりました。

私たちフィールドキャスターは、東京・港区で映像をつくっている会社です。生配信、採用動画、ニュース映像。基本的にはパソコンとカメラがあればどこでも仕事ができる商売なのに、なぜかずっと東京にいました。

そんな私たちが今回お世話になったのが、長崎県平戸市の「サテライトオフィスおためし支援」という制度です。私たちのような東京の会社でも、平戸に泊まりこんで「ここで働けるかどうか」を実際に試せる——そういう仕組みでした。

だから今回の4日間は、観光旅行ではありません。行程表には毎日きっちり「ワーク」の時間が入っていて、パソコンは必携。仕事をしに行く出張です。

……なのですが。
書きたいことが多すぎて、この記事はとても長くなりました。お茶でも淹れて、ゆっくり読んでいただけたらうれしいです。

そもそも、平戸ってどんな町?

羽田から長崎空港まで約1時間50分。そこからレンタカーで、さらに約2時間が目安です。地図で見ると九州の北西のはしっこ、東シナ海に突き出したところに平戸はあります。

九州の左上のはしっこ。本土と平戸島は平戸大橋でつながっていて、そこからさらに船で渡るのが的山大島(あづちおおしま)です。

遠い。正直、遠いです。
でも、この「遠さ」こそが平戸の歴史そのものなんだ、というのが行ってみてわかりました。

いまでこそ日本の西のはしのほうにありますが、大陸から見れば、ここは海の玄関口。1550年(天文19年)にポルトガル船が入港して、日本でもっとも早い時期に西洋との貿易がはじまった港のひとつになりました。同じころ、フランシスコ・ザビエルも平戸を訪れ、布教をしています。1609年にはオランダ商館が置かれ、1641年に長崎の出島へ移されるまで、平戸は日本と世界がつながる窓口でした。

松浦史料博物館に展示されている、ワイングラスを手にしたオランダ人を描いた絵
松浦史料博物館にて。ワイングラスを持ったオランダ人が、日本の絵師の筆でこんなふうに描かれている。「見たことのないもの」を必死に写し取った人の熱量が伝わってきて、しばらく動けませんでした。

そして江戸時代、この地を治めていたのが松浦(まつら)家。平戸藩の藩主として、明治まで続いた一族です。この松浦家の存在が、平戸の町の面白さを決定づけていました(あとでたっぷり書きます)。

さらに、平戸には潜伏キリシタンの歴史もあります。禁教のあいだ、密かに信仰を守り続けた人たちがいた場所。市内の春日集落と安満岳、そして中江ノ島は、世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産に登録されています。

3行でまとめると

  • 1550年、ポルトガル船とザビエルが来た。日本で最初に西洋と出会った町のひとつ。
  • 1609〜1641年、オランダ商館が置かれた。出島の前は、ここが窓口だった。
  • 江戸時代は松浦家の城下町。お寺も神社も教会も、ぜんぶ徒歩圏内に共存している。

DAY 1|「寺院と教会の見える風景」で、いきなり足が止まる

長崎空港でレンタカーを借りて、平戸まで約2時間のドライブ。海沿いの道が長く続いて、赤い平戸大橋を渡ると、いよいよ平戸です。

平戸市役所で、名刺交換からスタート

14時、平戸市役所へ。商工物産課のみなさんと名刺交換をして、この4日間が正式にはじまりました。(ここに至るまで、申請から行程の相談まで何往復もメールでやり取りしてくださったのが、企業立地推進室の山内翔平さんです)

迎えてくださったのは、商工物産課の松本幸盛課長、商工新産業班の西宮伸文班長、そして今回ずっと伴走してくださった道添隼さんと、地域おこし協力隊で地域コミュニティマネージャーの川上凜さん。

白状すると、市役所での名刺交換って少し身構えます。でも、みなさん最初のひと言が「よく来てくださいました!」で、そのあとすぐ「どこ行きたいですか?」だったので、緊張はそこで解けました。

近藤さんと、平戸の町を歩く

そこからは、平戸観光協会の事務局長・近藤善弘さんに案内していただいて市内視察へ。テーマは「寺院と教会」です。

お寺の境内で、石碑を指しながら説明してくれる観光協会の近藤さん
「ここに立ってる石碑がですね……」。近藤さんの説明は、教科書の話ではなく“この町で実際に起きたこと”の話でした。

坂を上がった先で、全員の足が止まりました。

石畳の坂道の右手にお寺の屋根、正面奥に教会の尖塔が見える平戸の風景
これが平戸を代表する「寺院と教会の見える風景」。石畳の坂の右手にお寺の屋根、そのすぐ向こうに教会の尖塔。ふたつの宗教が、同じフレームの中にすっと収まっています。

写真で見たことはありました。でも実際にその場所に立つと、思っていたのと感想が違ったんです。

「めずらしい風景だなあ」ではなくて、「この町は、これだけの時間をかけて、この並びになったんだ」という感想でした。ここは観光用につくられた景観ではなくて、お寺も教会も、いまも人が通っている現役の建物です。

もちろん、ずっと穏やかだったわけではありません。平戸には禁教の時代があり、信仰を隠して守り続けた人たちがいました。だから「仲良く共存してきた町」と一言でまとめるのは、たぶん違います。それでも、その長い時間の先に、いまこの風景が地続きで残っている。そのことのほうが、私にはずっとすごいことに思えました。

淡いグリーンの外壁とゴシック様式の尖塔をもつ平戸ザビエル記念教会
平戸ザビエル記念教会。1931年(昭和6年)の建立です。この淡いミントグリーン、青空に置くとこんなに映えるんですね。1971年にザビエル像が建てられたことから、この呼び名になったそうです。
そして、よく見てください。左右が非対称なんです。正面から見ると、右の塔と左の塔で高さも形も違う。教会って左右対称のイメージがあったので、これは意外でした。かえって全体がすっと軽く見えるから不思議です。
教会の階段の前に並んで記念撮影をするフィールドキャスターのメンバー4人
逆光でしたが、みんな笑っていたのでよしとします。

亀岡神社で、御朱印をいただく

お寺と教会のあとは、道添さんと川上さんの案内で亀岡神社へ。平戸城のなかにある神社です。

お城の敷地に神社がある、というだけでもう十分に非日常なのですが、いただいた御朱印がコスモスの絵柄で、そこにお城のシルエットが重なっていて。「今日この日にここにいた」という記録がそのまま形になるのが御朱印なんだな、と思いながら受け取りました。日付は令和八年九月一日。この旅の1日目です。

亀岡神社の御朱印とお守りを手に笑顔を見せるメンバー
御朱印とお守りを手に、うちのメンバー。
お寺 → 教会 → 神社。この日、半日で全部まわりました。冷静に考えると、なかなかすごい町です。
亀岡神社の楼門の前でポーズをとる道添隼さんと川上凜さん
楼門の前でポーズを決めているのが、案内してくださった道添隼さんと川上凜さんです。ノリがいい。

宿の窓を開けたら、海だった

障子と縁側の向こうに海が広がる、和室10畳のオーシャンビューの客室
1泊目の宿は、平戸城を望む高台に建つ国際観光ホテル 旗松亭。和室10畳のオーシャンビューでした。この4日間、泊まった3軒すべての部屋から海が見えました。平戸、そういう町です。
夕暮れの平戸の町並み。瓦屋根の向こうに教会の尖塔と、山に沈む夕日
日が傾いてきた平戸の町。瓦屋根の海の向こうに、ちいさく教会の尖塔。この町、時間帯を変えるとまた違う顔をします。

DAY 1の夜|平戸のみなさんと、同じテーブルを囲む

初日の夜は、平戸市のみなさんとの意見交換会でした。会場は眺望亭 寅の月さん。松浦史料博物館のとなりにある、窓から平戸城が見えるお店です。

「眺望亭 寅の月」の暖簾がかかった和風の店構え
窓の外に平戸城が見える座敷で、テーブルを囲んで談笑する参加者たち
窓の向こう、左奥に見えているのが平戸城です。この席から、話は3時間近く続きました。

この夜がいちばん、書いておきたい時間かもしれません。

ご一緒したのは、商工物産課の松本課長と西宮班長。お二人が話してくださったのは、パンフレットに載っている「平戸の魅力」ではありませんでした。人口が減っていること。若い人が出ていってしまうこと。それでもこの町でやれることは何なのか。数字の話と、本音の話を、初対面の私たちに正面から話してくださいました。

まずは、いろんな企業に平戸を知ってほしい。そのためにできることは、なんでもします。
── 意見交換会でうかがった話

この「なんでもします」が、言葉だけじゃありませんでした。

私たちが「松浦史料博物館にも行ってみたい」という話をしたら、その場で史料博物館の館長に電話をかけて、翌々日の訪問の相談をしてくださったんです。食事の席で、です。
営業トークではなく、本当に動く人たちなんだと思いました。私たちが映像の会社としてここで何ができるか、けっこう真剣に考えはじめたのはこの夜でした。

そして、タイです

お料理の話もさせてください。平戸はタイの名産地です。

笹の葉の上に美しく並べられたタイの薄造り
タイの薄造り。皮目の模様がそのまま残っていて、もはや工芸品。

ここで、地元のみなさんが教えてくれた食べ方があります。

すりおろした玉ねぎのソースの上にのせられたタイの刺身
写真の白いもの、実はジャガイモです。ジャガイモをタイで巻いて、さらにすりおろした玉ねぎをのせて食べる——この日ご一緒したみなさんによると、このお店ならではの一品だそうです。
「醤油じゃなくて、これで食べてみてください」と言われて半信半疑でしたが……これが本当においしくて。ジャガイモのほくほくと、タイの弾力と、玉ねぎの甘みと辛み。この4日間で食べたもののなかで、いちばん記憶に残っています。
霜降りの美しい平戸牛の生肉
平戸牛。卓上の陶板でさっと焼きます。脂がすっと溶けて、噛む前になくなる感じでした。

DAY 2|城下町のシェアスペースから、車ごと船で島へ

朝は「碧(あお)」の“間”で仕事

2日目の午前は、平戸城下町にある陣屋 碧(あお)でワークタイム。おためし体験のメインイベント、「実際に働けるのか」の検証です。

古民家をリノベーションした空間の一枚板の大テーブルで、ノートパソコンを開いて作業する3人
1階のシェアスペース「間(ま)」。どんと構えた一枚板の大テーブルで、各自メールを返し、資料をつくり、映像編集もしました。机も椅子も電源もあって、作業そのものはとても快適です。
なおWi-Fiは9月中に開通予定とのことで(2026年9月時点)、この日は各自の回線で作業しました。
「碧 平戸城下町に、海の見える宿&憩いの場オープン」と書かれたポスター
建物の中に貼ってあったオープン告知。「平戸城下町に、海の見える宿&憩いの場」。1階にシェアスペース「間」と食事処「碧衣(あおい)」、2階が宿になっています。
「Umi Hira 雑貨店」の暖簾がかかった古い建物の入り口
すぐ隣には雑貨店。「見るだけでもOK」と黒板に書いてあって、こういう気負わなさが好きです。

そしてここから、この旅のハイライトへ向かいます。

車ごと、船に乗る

手に持たれた、フェリー大島の乗船券。料金660円と印字されている
平戸桟橋で乗船券を購入。旅客運賃は大人片道660円です。この3枚つづりの券、レトロでかわいくないですか。
車を載せる場合は車両運賃が必要です(平戸市の運賃表で、4m以上5m未満の車は片道3,910円)。この車両運賃には1人分の旅客運賃が含まれます。
それと、車の乗船は事前予約が必要です(切符販売所 0950-23-2094)。

目指すのは的山大島(あづちおおしま)。読めますか。私は読めませんでした。平戸港からフェリーで約40分の離島です。

しかも今回は、レンタカーごとフェリーに乗りました。車が船の中に吸い込まれていくのを見るの、大人になっても普通に楽しいです。

船が港に入る、まさにその瞬間でした

40分の船旅も終わり、そろそろ着くなあと甲板から海を眺めていたときです。

「えっ、いま、なんかいた!」

うちの会社の社長が声を上げて、全員が同じところを見ました。港の内側の、静かな水面。そこに、ぬるっと黒い背びれが出たんです。

防波堤に囲まれた港の水面に、イルカの背びれがひとつ出ている
イルカです。水族館じゃなくて、ふつうの漁港に。船の上で全員が変な声を出しました。

船を降りて、そのまま港へ。地元の方に聞いたところ、2年ほど前から1頭だけ、この港に住み着いているのだそうです。

しかも「パンパンって手を叩いてみてください」と教わって、半信半疑でやってみたら──

顔を出してくれました。

水面から背中と背びれを出して泳ぐイルカのアップ
こちらに顔を向けるようにして浮上したイルカ
手を叩いてみたら、近くまで泳いできてくれました。全員、完全に子どもに戻りました。
※野生のイルカなので、会えるかどうかはその日次第です。追いかけたり、音を立て続けたりはしないでくださいね。
こちらは帰りのフェリーから撮った映像です。島を出るときも、わざわざお見送りに顔を出してくれました。
音が出るのでご注意ください(私たちの歓声がうるさいです)。

的山大島(あづちおおしま)だから、名前は「おーちゃん」でどうでしょう、という話をその場でしていたのですが、正式な呼び名があったらすみません。私たちは港に着いて5分で、野生のイルカに出会えました。そんな島、そんなにないと思います。

穏やかな水面に漁船が浮かぶ島の漁港。背後に緑の山と集落
島の漁港の風景。水面がほとんど動かなくて、船と山と空がそのまま映っています。ずっと見ていられる静けさでした。
「あづち大島」と書かれた白い立体サインの前で、思い思いのポーズをとる4人
テンションが上がったまま、島のサイン前で。空が高い。

小山さんと歩いた、的山大島

島では、平戸市役所大島支所の小山健二係長に案内していただきました。

棚田と、風車と、水平線

高台から見下ろす棚田。その向こうに青い海と、風力発電の風車が並ぶ岬
まず連れて行ってもらったのが、この景色。棚田・海・風車が一度に見える展望所です。

写真だと伝わりきらないのが悔しいのですが、ここ、本当にすごいです。手前に稲が実った棚田が段々に広がって、その向こうがすぐ海。さらに向こうの岬に、白い風車がゆっくり回っている。

島にある的山大島風力発電所は2007年3月に運転を開始した、2,000kWの風車が16基という設備で、離島の風力発電施設としては日本最大級とされています。ただ、案内していただいた話では、台風で風車の一部が折れてしまったこともあるとのこと。ここに立つということは、それだけ風が強いということでもあるんですね。「昔ながらの棚田」と「風力発電」が同じ画角に入るの、よく考えるとかなり不思議な光景です。

展望所の柵越しに、棚田を指さして説明する小山係長とメンバー
「あの棚田はですね──」。小山さんの説明はどれも具体的で、この島で働いている人の言葉でした。
展望所の柵にもたれて、海と棚田を眺めるメンバーの後ろ姿
しばらく、誰もしゃべりませんでした。少しのあいだ、風と会話をしていました。

神浦の町並み ── 鯨で栄えた島の記憶

次に案内していただいたのが、神浦(こうのうら)という集落です。ここは2008年(平成20年)に、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれています。種別は「港町」。

木の板塀に掛けられた「町並み交流館」の木製看板
「町並み交流館」。もとは「日見明医院住宅」だった建物です。
細い通りに面した木造の町家の前で、資料を手に説明する小山係長とそれを聞くメンバー
江戸時代からの道の幅と区画が、そのまま残っているのだそうです。両側にびっしりと木造の家が並びます。

ここで小山さんが教えてくださったのが、この島の捕鯨の歴史でした。

江戸時代のはじめ、平戸藩の役人だった井元家が藩の命で鯨組をおこし、この神浦を拠点に捕鯨を営みました。平戸市の資料では、3代目の井元弥七左衛門義信が1664年に神浦へ移ったとされています。

つまり、この密集した町並みは捕鯨をふくむ海の仕事で栄えた港町の姿が、いまも残っているということなんです。

面白かったのが、建物の装飾についてのお話。この地域の「大島大工」の系譜には船大工もいて、その技が家づくりにも生きているのだと教えていただきました。海の仕事と暮らしがひと続きだった島なんだな、と腑に落ちました。

古い木造家屋の玄関先へ入っていく小山係長の後ろ姿
「中も見ていってください」と、鍵を開けてくださいました。
畳敷きの続き間。障子と欄間、太い梁が見える古民家の内部
保存されている町家の内部。太い梁と古い建具が、そのまま残されています。

ここで正直に:Wi-Fi、めちゃくちゃ速かった

今回の出張で、いちばん現実的な検証ポイントがこれでした。

離島で、仕事になるのか?

町並みの写真パネルが貼られた和室で、テーブルにパソコンを広げて作業する3人
その答えを探しに、島のワークスペースへ。神浦の町並み交流館の中にある一室で、ここで仕事ができるかどうかを体験させてもらいました。
畳の部屋に会議用テーブルとモニター、ホワイトボードが置かれた空間
畳の部屋に、会議テーブルとモニターとホワイトボード。伝統的な建物の中に、ふつうに仕事場があります。

で、どうだったかというと。回線、速いです。その場で測ってみたのがこちらです。

スピードテストの画面。ダウンロード150Mbps、アップロード350Mbps、レイテンシ18msと表示されている
ダウンロード 150Mbps/アップロード 350Mbps/レイテンシ 18ms。
……離島の、歴史的な町並みの中の建物で、この数字です。とくにアップロードが350Mbpsというのが効きました。映像の会社にとっては「重い素材を送れるかどうか」が生命線なので、上りが速いのは本当に大きいです。

映像の会社なので普段からギガ単位のデータを扱っているのですが、この速度なら支障は無さそうでした。ただ、測ったのは1回きりです。時間帯や使う人数で変わる可能性はありますが、少なくとも私たちが測った限りでは十分な速さです。

夕方は、透明すぎる海へ

透明度の高い浅瀬が広がる砂浜。奥の山の稜線に風車が並ぶ
仕事のあとは大根坂白浜海水浴場へ。透明度、伝わりますか。奥の稜線に風車が見えるのも的山大島らしい景色です。
※海水浴場の開設期間は7月下旬〜8月中旬で、9月は期間外。監視員もいません。私たちは足のつくところで少し水に入っただけですが、泳ぐなら開設期間中に行ってください。

そして、お湯がとろとろでした

この日の宿は、島の高台にある「いさりびの里 漁火館」。

白い皿に盛られた、ブリ・サーモン・イカ・カツオなどの刺身の盛り合わせ
夕食のお刺身がこれです。厚みが違う。鮮度のよさが、噛んだ瞬間にわかります。

もうひとつ書いておきたいのが、お風呂です。あづち大島温泉の大浴場、お湯が本当にとろとろでした。

肌にまとわりつくような、というか、化粧水にそのまま浸かっているみたいな感触。上がったあとも、いつまでも肌がしっとりしています。「島の温泉」と聞いて想像していたものを、軽々と超えてきました。あれは反則です。

DAY 3|船で平戸へ戻って、松浦史料博物館へ

3日目の朝、また車ごとフェリーに乗って平戸へ。島にいたのは丸1日ちょっとでしたが、帰りの船から島が遠ざかっていくとき、全員がちょっと黙りました。

平戸に戻ってすぐ向かったのが、ここからは私が完全に興奮してしまうパートです。長いです。すみません。

館長みずから、案内してくださいました

松浦史料博物館は、平戸藩主・松浦家に伝わった資料を収蔵している博物館です。開館は1955年(昭和30年)。建物は、明治26年(1893年)に松浦家の私邸として建てられた「鶴ヶ峯邸」がそのまま使われています。

石垣の上に建つ、瓦屋根と板張りの大きな伝統建築
建物そのものが、もう見どころです。

そして今回は、岡山芳治館長みずから案内してくださいました。

金屏風と甲冑が展示されたガラスケースの前に立つメンバー4人
背後の展示、豪華すぎませんか。

① 大友腹巻 ── 名前に隠された、戦国の力関係

金地に獅子が描かれた屏風の前に据えられた、室町時代の腹巻鎧
室町時代の「大友腹巻(おおともはらまき)」。

展示の解説を読んで、思わず「へえ!」と声が出ました。要約するとこういう話です。

松浦家は、それまで大内氏から名前の一字を拝領していました(鎮信の父・隆信は、大内義隆から「隆」の字を受けています)。ところが大内義隆が滅ぼされ、九州の勢力図が塗り替わる。代わって力を持ったのが大友宗麟(義鎮)で、その「鎮」の字をもらって名乗ったのが、平戸藩の初代藩主松浦鎮信(まつら しげのぶ)でした。

そのとき大友氏から贈られた鎧が2領あり、そのうちの1領がこの腹巻です。(※館内の展示解説より)

つまりこの鎧は、大友氏と松浦氏の力関係を物語る品ということになります。名前の一文字が変わるということが、当時どれだけ大きな意味を持っていたか。展示ケースの前でしばらく動けませんでした。

おまけに、解説にはこんな続きがありました。この腹巻と対になるもう1領は、京都国立博物館に出陳したときに専門家の目に留まって「国指定文化財」になった。いっぽう展覧会に出されなかったこちらは、いまも未指定のまま──。
展覧会に出たか出なかったかで、その後がこんなに分かれるのか、と妙に納得してしまいました。

② 狂獅子図屏風は、複製ではありません

金地に墨で描かれた、渦を巻くような毛並みの獅子の屏風
「狂獅子図屏風」。江戸初期の幕府御用絵師・狩野探幽(1602〜1674)の筆と伝わります。

ここ、強調させてください。これ、レプリカではありません。松浦史料博物館が所蔵している実物です。(作者については、館の表記も「狩野探幽の筆と伝わる」となっています)

金地に墨で、勢いよく引かれた線で描かれた獅子。毛が全部うずまきになっていて、ちょっとかわいい。かつては東京・浅草の松浦邸で大正天皇の台覧に供されたものだそうです。それが、ガラス1枚を隔てただけの距離にある。平戸まで来る価値は、これだけでも十分あると思いました。

唐草模様の壁を背に、二領の甲冑が並んで展示されている
ほかにも甲冑がずらり。左の兜の金色の飾り(立物)も主張がすごいのですが、注目していただきたいのは右の一領。腰から下が、たっぷりした毛皮なんです。館長にうかがったところ、虎の皮とのことでした。社内では「ちょっとギャル男っぽくない?」という声も出ていました。戦国武将のおしゃれ、想像以上に攻めています。
その右にある太刀も見てください。刀を納める鞘の柄が、これまた「ギャル男っぽくて笑」格好いいんです。

③ 嫁入り道具 ── 195年前の婚礼が、平戸に残したもの

個人的に、この博物館でいちばん心を持っていかれたのがここです。

ガラス越しに、豪華な蒔絵の乗物と長持を見学するメンバー
畳の部屋に、赤い毛氈。その上に、豪華絢爛な嫁入り道具一式。
黒漆に金の家紋が蒔絵された女乗物。扉が開かれ、内部の金箔と花鳥の絵が見えている
葉菊青山銭紋散花亀甲蒔絵女乗物(はぎくあおやまぜにもんちらしはなきっこうまきえおんなのりもの)。江戸時代後期。

解説によると、これは天保2年(1831年)、丹波篠山城主・青山家の息女イサ姫が、平戸藩11代藩主・松浦曜(てらす)に嫁いだときの婚礼道具のひとつ。黒漆の地には青山家の家紋である葉菊と「青山銭」の蒔絵。そして扉を開けると、内側は金箔に松竹梅と花鳥が極彩色で描かれている。

ひとつ、館長に教えていただいたことがあります。この乗物は、姫を乗せて平戸まで来たものではないそうです。江戸時代、大名の妻や娘は基本的に江戸で暮らしており、平戸まで来ることはほとんどなかったとのこと(晩年を平戸で過ごした姫はいらっしゃるそうですが)。この乗物も、上等なものだからこそ平戸に持ち込まれ、大切に保存されてきたと考えられているそうです。

赤い毛氈の上に並べられた、金彩の絵が描かれたハマグリの貝殻
貝合わせ。ハマグリの貝殻の内側、一枚ずつに絵が描かれています。

この貝合わせにも物語がありました。解説によると、松浦家33代・誠信の娘スメ姫が輿入れのときに持参し、姫の没後に形見として松浦家に贈られたもの。

そして、なぜハマグリなのか。解説にはこうありました。ハマグリは、対になる殻以外とは合わさることがない。だから武家の婚礼では「貞節の象徴」とされ、嫁入り道具に欠かせないものだった──。

……ちょっと待ってください。「この2枚以外とは合わない」って、それを嫁入り道具に持たせるって、なかなかの圧では。当時の女性たちがどんな気持ちでこれを見ていたのか、考えはじめると止まりません。

金の蒔絵が施された脚付きの将棋盤と駒箱
極めつけがこれ。蒔絵の将棋盤です(碁盤・将棋盤・双六盤の三面セット)。婚礼の道具一式には、化粧道具や食器だけでなく、こういう遊びの道具も入っていたんですね。
豪華な調度品の中に“暮らし”の気配がまざっているのが、私はいちばんぐっときました。

④ 豆腐の妖怪がいた

横長のガラスケースに広げられた、妖怪が行列する絵巻物
百鬼夜行の絵巻。妖怪たちがぞろぞろ行列しています。
頭が四角い豆腐になっている、刀を差した侍姿の妖怪の絵
で、これです。頭が豆腐の、お侍。
ちゃんと刀を差していて、お盆の上に立っていて、顔が完全に「めんどくさいなあ」の表情なのが最高でした。この日いちばん多くシャッターを切ったのは、たぶんこの子です。

博物館の帰りに、九州最古のお菓子屋さんへ

「平戸藩主松浦家 御用菓子司 蔦屋」の看板が掲げられた木造の店構え
看板に「平戸藩主松浦家 御用菓子司」。蔦屋さんは文亀2年(1502年)創業、九州最古といわれるお菓子屋さんです。500年以上。桁を疑いました。
ビニールで個包装されたカスドースと和菓子
これが平戸の南蛮菓子カスドース。カステラを一口大に切って、たっぷりの卵黄にくぐらせ、熱した糖蜜で煮て、砂糖をまぶす。……字面だけで甘いのですが、食べるともっと甘いです。

このカスドース、もともとポルトガル人から伝わった南蛮菓子だそうです。蔦屋さんの説明によると、卵と砂糖をぜいたくに使うため、かつては平戸の殿さましか口にできなかった「幻の菓子」と呼ばれていたとのこと。それがいま普通に買える。ありがたく2個食べました。

畳の座敷で、庭に向かって座った二人が買ったお菓子とアイスを掲げている後ろ姿
店の奥の座敷でいただきます。庭に向かって座って、買ったばかりのお菓子を掲げて記念撮影。この4日間でいちばん平和な時間でした。
南蛮人の絵が描かれた蓋の「濃厚カステラアイス」
いっぽう、いまの蔦屋さんは「濃厚カステラアイス」も出しています。蓋の絵、南蛮屏風です。おみやげにするとだいたい喜ばれるやつ。

千里ヶ浜で、馬に乗る

午後はシービューランチさんで乗馬体験です。千里ヶ浜という美しい砂浜のすぐそばにある、ウエスタンスタイルの乗馬クラブ。

砂浜に立つ馬にまたがり、笑顔でピースサインをする女性。背後は曇天の海
波打ち際を、馬に乗って歩きます。人生で何回あるんでしょうか、こんな時間。
砂浜で栗毛の馬にまたがる男性メンバー。背後には静かな海が広がる
馬の歩幅に合わせて、体がゆらゆら揺れます。海の音と、蹄の音しかしない時間でした。
金髪のようなたてがみをもつ馬の顔のアップ
この子のたてがみ、風になびいてアイドルみたいでした。

3泊目は、大江戸温泉物語 ホテル蘭風

乗馬のあとに向かったのは、そのまま千里ヶ浜沿いにある大江戸温泉物語 ホテル蘭風。ここが3泊目です。

大きな窓の向こうに海とテラスが見えるホテルのツインルーム
部屋に入って、カーテンを開けたら、また海でした。3軒連続です。ここまで来ると「平戸で海が見えない部屋を探すほうが難しいのでは」という気がしてきます。
寿司や蟹、ステーキが並んだビュッフェのトレー
握り寿司やうなぎ、豆腐の味噌漬けが並んだ角皿
夕食はビュッフェ。お寿司も、蟹も、ステーキも、平戸名物の豆腐の味噌漬けもあります。この豆腐の味噌漬けがチーズみたいな味で、すっかりビールのおともになっていました。取りすぎました。

DAY 4|朝8時、瑞雲寺で坐禅をする

最終日の朝。曹洞宗 金龍山瑞雲寺で、坐禅体験をさせていただきました。案内してくださったのは副住職の西村宗玲(しゅうれい)さんです。

ここでひとつ、気づいたことがあります。

初日に見たあの「寺院と教会の見える風景」──あそこに写っているお寺のひとつが、この瑞雲寺なんです。西村副住職の名刺にも、その風景の写真と「寺院と教会の見える風景」の文字が入っていました。初日に外から眺めた景色の“中身”に、最終日に入っていく。旅の終わり方として、これ以上ない構成でした。

畳の広間で、開け放たれた窓から町並みを望みながら坐禅を組む二人の後ろ姿
朝8時。窓の外は、平戸の町。

坐禅というと、目を閉じて無になるものだと思っていました。違いました。

目は、開けたまま。窓の外の平戸城と海を、そのまま見ながら座ります。

座りながら、西村副住職に言われたことがこれです。

雑念が出てこないようにするのは、無理。悩みごとは必ず浮かんでくる。
大事なのは、それを追いかけないこと。浮かんできたら、受け流す。
── 西村副住職に教えていただいたこと

これが、想像していた坐禅とまったく違って、すごく腑に落ちました。

実際、座っているあいだ、仕事のことも帰りの飛行機のことも次々に浮かんできます。でも、それを消そうとしなくていい。追いかけずに、通り過ぎさせる。そうしているうちに、外の鳥の声とか、風の音とか、自分の呼吸のほうが大きくなってくる。

4日間めいっぱい動いて、たくさん喋って、たくさん食べた最後にこの時間があったのは、本当によかったです。

西村副住職の「やってみたいこと」

坐禅のあと、副住職とお話ししていて出てきたのがこれです。

SUPの上で坐禅ができるプログラムを、つくってみたい。
── 坐禅のあとの雑談で、西村副住職からうかがった話

海の上に浮かんだボードの上で、坐る。

お堂の中で、平戸城と海を見ながら坐っただけでも十分に新鮮だったのに、その海の上に出てしまおうというわけです。想像した瞬間、全員が「やってみたいです!」と言っていました。揺れる板の上では、雑念を追いかけている場合ではなさそうです。

そして、その入口として考えていらっしゃるのが「袈裟ップ」。袈裟(けさ)+SUP(サップ)です。まずこれで知ってもらって、坐禅のプログラムにつなげたい、と。
お寺の伝統を守りながら、届け方はここまで軽やかに考える。少なくとも今回お会いした方々には、この身軽さが共通してありました。

その瑞雲寺、Instagramもとても面白いので、ぜひ見てみてください。お寺の日常が、こんなに軽やかに発信されているとは思いませんでした。

▶ 瑞雲寺の公式Instagram:@zuiun45

平戸物産館で、おみやげを買う

おみやげは平戸物産館へ。平戸の銘菓や海の幸、地酒、民芸品がずらりと並んでいて、ここで買いました。(カスドースもここで買えます)

木の板の上に置かれた、オランダ人と灯台をかたどった小さな陶器の置物
オランダさんと、灯台。陶器の小さな置物で、300円です。この2つが並んでいるのが、もう平戸そのものだなと思って連れて帰りました。

最後の最後に、佐世保バーガー

あとは長崎空港へ戻るだけ……なのですが、その道中で佐世保を通ることに気づいてしまった私たちは、当然のように寄り道をしました。

佐世保バーガー認定店 LOG KIT の入り口。急な階段が2階へ続いている
佐世保バーガー認定店「LOG KIT」。細い入り口から急な階段を上がっていきます。
厚切りベーコンと生の玉ねぎ、目玉焼きが挟まったスペシャルバーガー
頼んだのはスペシャルバーガー。厚切りベーコン、目玉焼き、チーズ、トマト、レタス。全部入りです。

この大きさなので、正直、持った瞬間に崩れ落ちると覚悟していました。

ところが、まったく崩れませんでした。

いちばん驚いたのがバンズです。ふわっとしているのに、具の重さをしっかり受け止めてくれる。しかもほんのり甘いんです。この甘さが、ベーコンの塩気と目玉焼きに合っていて、最後まで飽きずに食べきれました。拍子抜けするほど、食べやすい。

大きさに身構えていたぶん、「あれ、いけるじゃん」と思いながら完食しました。平戸から長崎空港へ戻る道の途中なので、寄り道としてもちょうどいい位置にあります。

で、結局。平戸で「働けた」のか?

この出張の目的は、観光ではなく検証でした。だから、最後にちゃんと書きます。

4日間やってみて、わかったこと

  • 通信環境は「場所によっては、かなりいい」。離島(的山大島)のワークスペースで下り150Mbps・上り350Mbps・レイテンシ18msが出ました。あくまで私たちが測った1か所の数字ですが、こういう場所があるとわかったのが、いちばんの発見でした。逆に、Wi-Fiがまだ入っていない施設もあります。
  • 働く場所はある。ただし数は限られるので、先に調べておくこと。今回は城下町「陣屋 碧」1階のシェアスペース「間」と、的山大島の伝統的建造物の中のワークスペースを使わせていただきました。どちらも机と椅子と電源があって、快適に作業できます。
    ただ、都会のようにカフェやネットカフェがそこらじゅうにあるわけではありません。「どこで働くか」を先に決めてから行くのが正解です(碧のWi-Fiは9月中に開通予定とのことでした)。
    オフィスのおためしということであれば、まずは泊まっているホテルの部屋のWi-Fiを使うのがいちばん安心だと思います。移動もいらないですし、時間を気にせず作業できます。
  • 移動は車が前提。今回のように市内と離島を4日で回るなら、レンタカーが現実的でした。フェリーは車ごと乗れますが、車を載せるには事前の電話予約が必要です(切符販売所 0950-23-2094)。便数も少ないので、時刻表とにらめっこすることになります。
  • いちばん残ったのは、人でした。市役所の方も、観光協会の方も、島の支所の方も、館長さんも、副住職も、みなさん「自分の言葉」で町の話をしてくださいました。制度やWi-Fiの数字より、こちらのほうがずっと強く残っています。

正直に言えば、東京から平戸まではドアツードアで半日かかります。近くはありません。

でも4日間いてみて思ったのは、この町には「時間をかけて行くからこそ会えるもの」がとても多いということでした。お寺と教会が同じ風景に入ることも、195年前の嫁入り道具も、鯨で栄えた町並みも、港に住み着いているというイルカも、便利さだけでは測れないものばかりです。

そのうえで今の平戸には、それを残したままちゃんと仕事ができるインフラができつつある。この組み合わせは、けっこう貴重だと思います。

映像の会社として、ここで何ができそうか

最後に、私たちの本業の話も少しだけ。

今回いちばん手応えがあったのは、「撮って、その場で仕上げて、そのまま送れる」のが平戸で成立しそうだ、とわかったことでした。

撮影機材を東京から車で運び込んで、島まで船で渡って、戻ってきて編集する。この一連が4日間で普通に回りました。上りが350Mbps出る場所があるということは、重い素材を東京へ送るのに丸一日待つ必要がないということです。現地で撮って、現地で組んで、その日のうちに東京のチェックに回す——という進め方が、離島でもできる。

生配信でいえば、回線の細さがなにより怖いところです。今回まわった範囲では、場所を選べば十分な速度が出る——というのが実感でした。ただ、私たちが測ったのは1か所・1回きりなので、混み合う時間帯にどうなるかまではわかりません。事前に現地で、時間帯を変えて試しておくことが前提になります。

そのうえで、平戸には、寺と教会が同じ画角に入る町も、棚田と風車が並ぶ島も、夕日の海もあります。撮りたい場所と、送れる回線が、同じところにある。これは映像をつくる人間にとって、なかなか贅沢な条件です。

この記事に登場したみなさん

お世話になりました。ありがとうございました!

※ご所属・お役職は2026年9月の取材時点のものです。

松本 幸盛 さん
平戸市 文化観光商工部 商工物産課 課長
西宮 伸文 さん
平戸市 文化観光商工部 商工物産課 商工新産業班 班長
道添 隼 さん
平戸市 文化観光商工部 商工物産課 商工新産業班
川上 凜 さん
平戸市 文化観光商工部 商工物産課 地域おこし協力隊/地域コミュニティマネージャー
近藤 善弘 さん
一般社団法人 平戸観光協会 事務局長
小山 健二 さん
平戸市 大島支所 地域振興課 市民協働班 係長
岡山 芳治 さん
公益財団法人 松浦史料博物館・平戸オランダ商館 館長
西村 宗玲 さん
曹洞宗 金龍山瑞雲寺 副住職

平戸に行ってみたくなった方へ

観光で行く

企業として「試しに働いてみる」なら

平戸市 サテライトオフィスおためし支援/オフィス開設支援事業補助金

私たちが今回使わせていただいた制度です。平戸市の公式ページによると、市外の企業が市内の物件を使って連続3日以上の遠隔勤務を行い、その様子をSNSなどで発信することが条件。対象になるのは移動交通費・宿泊費・空き家の家賃・サテライトオフィスの施設経費などで、補助は対象経費の4分の3。上限は30日以上の滞在で1人30万円、30日未満で1人15万円です(地域のイベント等に参加した場合は5分の4)。オフィスを本格的に開設する場合の改装費・家賃の補助制度もあります。

ちなみに「SNS等で情報発信すること」は制度の要件なので、この記事もその一部です。そう思って読み返すと、なかなか気合いが入っているほうではないでしょうか。

※制度の内容・要件・予算枠は変わることがあります(本記事は2026年9月時点)。検討される際は必ず、平戸市 文化観光商工部 商工物産課 企業立地推進室(TEL 0950-22-9142)へ最新の内容をご確認ください。

最後に。

出張から戻って数日が経ちますが、いまでも仕事に詰まると、あの島の展望所から見た棚田と風車を思い出します。あと、イルカ。

働きに行ったはずが、しっかり心を持っていかれて帰ってきました。平戸のみなさん、本当にありがとうございました。また行きます。

#平戸#長崎#サテライトオフィス#ワーケーション#的山大島#地方創生#出張レポート

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