「平戸で3泊4日、働いてみませんか?」
そう言われて、正直まっさきに思ったのは「平戸ってどこ……?」でした。すみません。
先に言ってしまうと、この4日間で、私の中の「地方で働く」のイメージが丸ごと書き換わりました。
私たちフィールドキャスターは、東京・港区で映像をつくっている会社です。生配信、採用動画、ニュース映像。基本的にはパソコンとカメラがあればどこでも仕事ができる商売なのに、なぜかずっと東京にいました。
そんな私たちが今回お世話になったのが、長崎県平戸市の「サテライトオフィスおためし支援」という制度です。私たちのような東京の会社でも、平戸に泊まりこんで「ここで働けるかどうか」を実際に試せる——そういう仕組みでした。
だから今回の4日間は、観光旅行ではありません。行程表には毎日きっちり「ワーク」の時間が入っていて、パソコンは必携。仕事をしに行く出張です。
……なのですが。
書きたいことが多すぎて、この記事はとても長くなりました。お茶でも淹れて、ゆっくり読んでいただけたらうれしいです。
そもそも、平戸ってどんな町?
羽田から長崎空港まで約1時間50分。そこからレンタカーで、さらに約2時間が目安です。地図で見ると九州の北西のはしっこ、東シナ海に突き出したところに平戸はあります。
遠い。正直、遠いです。
でも、この「遠さ」こそが平戸の歴史そのものなんだ、というのが行ってみてわかりました。
いまでこそ日本の西のはしのほうにありますが、大陸から見れば、ここは海の玄関口。1550年(天文19年)にポルトガル船が入港して、日本でもっとも早い時期に西洋との貿易がはじまった港のひとつになりました。同じころ、フランシスコ・ザビエルも平戸を訪れ、布教をしています。1609年にはオランダ商館が置かれ、1641年に長崎の出島へ移されるまで、平戸は日本と世界がつながる窓口でした。

そして江戸時代、この地を治めていたのが松浦(まつら)家。平戸藩の藩主として、明治まで続いた一族です。この松浦家の存在が、平戸の町の面白さを決定づけていました(あとでたっぷり書きます)。
さらに、平戸には潜伏キリシタンの歴史もあります。禁教のあいだ、密かに信仰を守り続けた人たちがいた場所。市内の春日集落と安満岳、そして中江ノ島は、世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産に登録されています。
3行でまとめると
- 1550年、ポルトガル船とザビエルが来た。日本で最初に西洋と出会った町のひとつ。
- 1609〜1641年、オランダ商館が置かれた。出島の前は、ここが窓口だった。
- 江戸時代は松浦家の城下町。お寺も神社も教会も、ぜんぶ徒歩圏内に共存している。
DAY 1|「寺院と教会の見える風景」で、いきなり足が止まる
長崎空港でレンタカーを借りて、平戸まで約2時間のドライブ。海沿いの道が長く続いて、赤い平戸大橋を渡ると、いよいよ平戸です。
平戸市役所で、名刺交換からスタート
14時、平戸市役所へ。商工物産課のみなさんと名刺交換をして、この4日間が正式にはじまりました。(ここに至るまで、申請から行程の相談まで何往復もメールでやり取りしてくださったのが、企業立地推進室の山内翔平さんです)
迎えてくださったのは、商工物産課の松本幸盛課長、商工新産業班の西宮伸文班長、そして今回ずっと伴走してくださった道添隼さんと、地域おこし協力隊で地域コミュニティマネージャーの川上凜さん。
白状すると、市役所での名刺交換って少し身構えます。でも、みなさん最初のひと言が「よく来てくださいました!」で、そのあとすぐ「どこ行きたいですか?」だったので、緊張はそこで解けました。
近藤さんと、平戸の町を歩く
そこからは、平戸観光協会の事務局長・近藤善弘さんに案内していただいて市内視察へ。テーマは「寺院と教会」です。

坂を上がった先で、全員の足が止まりました。

写真で見たことはありました。でも実際にその場所に立つと、思っていたのと感想が違ったんです。
「めずらしい風景だなあ」ではなくて、「この町は、これだけの時間をかけて、この並びになったんだ」という感想でした。ここは観光用につくられた景観ではなくて、お寺も教会も、いまも人が通っている現役の建物です。
もちろん、ずっと穏やかだったわけではありません。平戸には禁教の時代があり、信仰を隠して守り続けた人たちがいました。だから「仲良く共存してきた町」と一言でまとめるのは、たぶん違います。それでも、その長い時間の先に、いまこの風景が地続きで残っている。そのことのほうが、私にはずっとすごいことに思えました。

そして、よく見てください。左右が非対称なんです。正面から見ると、右の塔と左の塔で高さも形も違う。教会って左右対称のイメージがあったので、これは意外でした。かえって全体がすっと軽く見えるから不思議です。

亀岡神社で、御朱印をいただく
お寺と教会のあとは、道添さんと川上さんの案内で亀岡神社へ。平戸城のなかにある神社です。
お城の敷地に神社がある、というだけでもう十分に非日常なのですが、いただいた御朱印がコスモスの絵柄で、そこにお城のシルエットが重なっていて。「今日この日にここにいた」という記録がそのまま形になるのが御朱印なんだな、と思いながら受け取りました。日付は令和八年九月一日。この旅の1日目です。

お寺 → 教会 → 神社。この日、半日で全部まわりました。冷静に考えると、なかなかすごい町です。

宿の窓を開けたら、海だった


DAY 1の夜|平戸のみなさんと、同じテーブルを囲む
初日の夜は、平戸市のみなさんとの意見交換会でした。会場は眺望亭 寅の月さん。松浦史料博物館のとなりにある、窓から平戸城が見えるお店です。


この夜がいちばん、書いておきたい時間かもしれません。
ご一緒したのは、商工物産課の松本課長と西宮班長。お二人が話してくださったのは、パンフレットに載っている「平戸の魅力」ではありませんでした。人口が減っていること。若い人が出ていってしまうこと。それでもこの町でやれることは何なのか。数字の話と、本音の話を、初対面の私たちに正面から話してくださいました。
── 意見交換会でうかがった話
この「なんでもします」が、言葉だけじゃありませんでした。
私たちが「松浦史料博物館にも行ってみたい」という話をしたら、その場で史料博物館の館長に電話をかけて、翌々日の訪問の相談をしてくださったんです。食事の席で、です。
営業トークではなく、本当に動く人たちなんだと思いました。私たちが映像の会社としてここで何ができるか、けっこう真剣に考えはじめたのはこの夜でした。
そして、タイです
お料理の話もさせてください。平戸はタイの名産地です。

ここで、地元のみなさんが教えてくれた食べ方があります。

「醤油じゃなくて、これで食べてみてください」と言われて半信半疑でしたが……これが本当においしくて。ジャガイモのほくほくと、タイの弾力と、玉ねぎの甘みと辛み。この4日間で食べたもののなかで、いちばん記憶に残っています。

DAY 2|城下町のシェアスペースから、車ごと船で島へ
朝は「碧(あお)」の“間”で仕事
2日目の午前は、平戸城下町にある陣屋 碧(あお)でワークタイム。おためし体験のメインイベント、「実際に働けるのか」の検証です。

なおWi-Fiは9月中に開通予定とのことで(2026年9月時点)、この日は各自の回線で作業しました。


そしてここから、この旅のハイライトへ向かいます。
車ごと、船に乗る

車を載せる場合は車両運賃が必要です(平戸市の運賃表で、4m以上5m未満の車は片道3,910円)。この車両運賃には1人分の旅客運賃が含まれます。
それと、車の乗船は事前予約が必要です(切符販売所 0950-23-2094)。
目指すのは的山大島(あづちおおしま)。読めますか。私は読めませんでした。平戸港からフェリーで約40分の離島です。
しかも今回は、レンタカーごとフェリーに乗りました。車が船の中に吸い込まれていくのを見るの、大人になっても普通に楽しいです。
船が港に入る、まさにその瞬間でした
40分の船旅も終わり、そろそろ着くなあと甲板から海を眺めていたときです。
「えっ、いま、なんかいた!」
うちの会社の社長が声を上げて、全員が同じところを見ました。港の内側の、静かな水面。そこに、ぬるっと黒い背びれが出たんです。

船を降りて、そのまま港へ。地元の方に聞いたところ、2年ほど前から1頭だけ、この港に住み着いているのだそうです。
しかも「パンパンって手を叩いてみてください」と教わって、半信半疑でやってみたら──
顔を出してくれました。

※野生のイルカなので、会えるかどうかはその日次第です。追いかけたり、音を立て続けたりはしないでくださいね。
音が出るのでご注意ください(私たちの歓声がうるさいです)。
的山大島(あづちおおしま)だから、名前は「おーちゃん」でどうでしょう、という話をその場でしていたのですが、正式な呼び名があったらすみません。私たちは港に着いて5分で、野生のイルカに出会えました。そんな島、そんなにないと思います。


小山さんと歩いた、的山大島
島では、平戸市役所大島支所の小山健二係長に案内していただきました。
棚田と、風車と、水平線

写真だと伝わりきらないのが悔しいのですが、ここ、本当にすごいです。手前に稲が実った棚田が段々に広がって、その向こうがすぐ海。さらに向こうの岬に、白い風車がゆっくり回っている。
島にある的山大島風力発電所は2007年3月に運転を開始した、2,000kWの風車が16基という設備で、離島の風力発電施設としては日本最大級とされています。ただ、案内していただいた話では、台風で風車の一部が折れてしまったこともあるとのこと。ここに立つということは、それだけ風が強いということでもあるんですね。「昔ながらの棚田」と「風力発電」が同じ画角に入るの、よく考えるとかなり不思議な光景です。


神浦の町並み ── 鯨で栄えた島の記憶
次に案内していただいたのが、神浦(こうのうら)という集落です。ここは2008年(平成20年)に、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれています。種別は「港町」。


ここで小山さんが教えてくださったのが、この島の捕鯨の歴史でした。
江戸時代のはじめ、平戸藩の役人だった井元家が藩の命で鯨組をおこし、この神浦を拠点に捕鯨を営みました。平戸市の資料では、3代目の井元弥七左衛門義信が1664年に神浦へ移ったとされています。
つまり、この密集した町並みは捕鯨をふくむ海の仕事で栄えた港町の姿が、いまも残っているということなんです。
面白かったのが、建物の装飾についてのお話。この地域の「大島大工」の系譜には船大工もいて、その技が家づくりにも生きているのだと教えていただきました。海の仕事と暮らしがひと続きだった島なんだな、と腑に落ちました。


ここで正直に:Wi-Fi、めちゃくちゃ速かった
今回の出張で、いちばん現実的な検証ポイントがこれでした。
離島で、仕事になるのか?


で、どうだったかというと。回線、速いです。その場で測ってみたのがこちらです。

……離島の、歴史的な町並みの中の建物で、この数字です。とくにアップロードが350Mbpsというのが効きました。映像の会社にとっては「重い素材を送れるかどうか」が生命線なので、上りが速いのは本当に大きいです。
映像の会社なので普段からギガ単位のデータを扱っているのですが、この速度なら支障は無さそうでした。ただ、測ったのは1回きりです。時間帯や使う人数で変わる可能性はありますが、少なくとも私たちが測った限りでは十分な速さです。
夕方は、透明すぎる海へ

※海水浴場の開設期間は7月下旬〜8月中旬で、9月は期間外。監視員もいません。私たちは足のつくところで少し水に入っただけですが、泳ぐなら開設期間中に行ってください。
そして、お湯がとろとろでした
この日の宿は、島の高台にある「いさりびの里 漁火館」。

もうひとつ書いておきたいのが、お風呂です。あづち大島温泉の大浴場、お湯が本当にとろとろでした。
肌にまとわりつくような、というか、化粧水にそのまま浸かっているみたいな感触。上がったあとも、いつまでも肌がしっとりしています。「島の温泉」と聞いて想像していたものを、軽々と超えてきました。あれは反則です。
DAY 3|船で平戸へ戻って、松浦史料博物館へ
3日目の朝、また車ごとフェリーに乗って平戸へ。島にいたのは丸1日ちょっとでしたが、帰りの船から島が遠ざかっていくとき、全員がちょっと黙りました。
平戸に戻ってすぐ向かったのが、ここからは私が完全に興奮してしまうパートです。長いです。すみません。
館長みずから、案内してくださいました
松浦史料博物館は、平戸藩主・松浦家に伝わった資料を収蔵している博物館です。開館は1955年(昭和30年)。建物は、明治26年(1893年)に松浦家の私邸として建てられた「鶴ヶ峯邸」がそのまま使われています。

そして今回は、岡山芳治館長みずから案内してくださいました。

① 大友腹巻 ── 名前に隠された、戦国の力関係

展示の解説を読んで、思わず「へえ!」と声が出ました。要約するとこういう話です。
松浦家は、それまで大内氏から名前の一字を拝領していました(鎮信の父・隆信は、大内義隆から「隆」の字を受けています)。ところが大内義隆が滅ぼされ、九州の勢力図が塗り替わる。代わって力を持ったのが大友宗麟(義鎮)で、その「鎮」の字をもらって名乗ったのが、平戸藩の初代藩主松浦鎮信(まつら しげのぶ)でした。
そのとき大友氏から贈られた鎧が2領あり、そのうちの1領がこの腹巻です。(※館内の展示解説より)
つまりこの鎧は、大友氏と松浦氏の力関係を物語る品ということになります。名前の一文字が変わるということが、当時どれだけ大きな意味を持っていたか。展示ケースの前でしばらく動けませんでした。
おまけに、解説にはこんな続きがありました。この腹巻と対になるもう1領は、京都国立博物館に出陳したときに専門家の目に留まって「国指定文化財」になった。いっぽう展覧会に出されなかったこちらは、いまも未指定のまま──。
展覧会に出たか出なかったかで、その後がこんなに分かれるのか、と妙に納得してしまいました。
② 狂獅子図屏風は、複製ではありません

ここ、強調させてください。これ、レプリカではありません。松浦史料博物館が所蔵している実物です。(作者については、館の表記も「狩野探幽の筆と伝わる」となっています)
金地に墨で、勢いよく引かれた線で描かれた獅子。毛が全部うずまきになっていて、ちょっとかわいい。かつては東京・浅草の松浦邸で大正天皇の台覧に供されたものだそうです。それが、ガラス1枚を隔てただけの距離にある。平戸まで来る価値は、これだけでも十分あると思いました。

その右にある太刀も見てください。刀を納める鞘の柄が、これまた「ギャル男っぽくて笑」格好いいんです。
③ 嫁入り道具 ── 195年前の婚礼が、平戸に残したもの
個人的に、この博物館でいちばん心を持っていかれたのがここです。


解説によると、これは天保2年(1831年)、丹波篠山城主・青山家の息女イサ姫が、平戸藩11代藩主・松浦曜(てらす)に嫁いだときの婚礼道具のひとつ。黒漆の地には青山家の家紋である葉菊と「青山銭」の蒔絵。そして扉を開けると、内側は金箔に松竹梅と花鳥が極彩色で描かれている。
ひとつ、館長に教えていただいたことがあります。この乗物は、姫を乗せて平戸まで来たものではないそうです。江戸時代、大名の妻や娘は基本的に江戸で暮らしており、平戸まで来ることはほとんどなかったとのこと(晩年を平戸で過ごした姫はいらっしゃるそうですが)。この乗物も、上等なものだからこそ平戸に持ち込まれ、大切に保存されてきたと考えられているそうです。

この貝合わせにも物語がありました。解説によると、松浦家33代・誠信の娘スメ姫が輿入れのときに持参し、姫の没後に形見として松浦家に贈られたもの。
そして、なぜハマグリなのか。解説にはこうありました。ハマグリは、対になる殻以外とは合わさることがない。だから武家の婚礼では「貞節の象徴」とされ、嫁入り道具に欠かせないものだった──。
……ちょっと待ってください。「この2枚以外とは合わない」って、それを嫁入り道具に持たせるって、なかなかの圧では。当時の女性たちがどんな気持ちでこれを見ていたのか、考えはじめると止まりません。

豪華な調度品の中に“暮らし”の気配がまざっているのが、私はいちばんぐっときました。
④ 豆腐の妖怪がいた


ちゃんと刀を差していて、お盆の上に立っていて、顔が完全に「めんどくさいなあ」の表情なのが最高でした。この日いちばん多くシャッターを切ったのは、たぶんこの子です。
博物館の帰りに、九州最古のお菓子屋さんへ


このカスドース、もともとポルトガル人から伝わった南蛮菓子だそうです。蔦屋さんの説明によると、卵と砂糖をぜいたくに使うため、かつては平戸の殿さましか口にできなかった「幻の菓子」と呼ばれていたとのこと。それがいま普通に買える。ありがたく2個食べました。


千里ヶ浜で、馬に乗る
午後はシービューランチさんで乗馬体験です。千里ヶ浜という美しい砂浜のすぐそばにある、ウエスタンスタイルの乗馬クラブ。



3泊目は、大江戸温泉物語 ホテル蘭風
乗馬のあとに向かったのは、そのまま千里ヶ浜沿いにある大江戸温泉物語 ホテル蘭風。ここが3泊目です。


DAY 4|朝8時、瑞雲寺で坐禅をする
最終日の朝。曹洞宗 金龍山瑞雲寺で、坐禅体験をさせていただきました。案内してくださったのは副住職の西村宗玲(しゅうれい)さんです。
ここでひとつ、気づいたことがあります。
初日に見たあの「寺院と教会の見える風景」──あそこに写っているお寺のひとつが、この瑞雲寺なんです。西村副住職の名刺にも、その風景の写真と「寺院と教会の見える風景」の文字が入っていました。初日に外から眺めた景色の“中身”に、最終日に入っていく。旅の終わり方として、これ以上ない構成でした。

坐禅というと、目を閉じて無になるものだと思っていました。違いました。
目は、開けたまま。窓の外の平戸城と海を、そのまま見ながら座ります。
座りながら、西村副住職に言われたことがこれです。
大事なのは、それを追いかけないこと。浮かんできたら、受け流す。
── 西村副住職に教えていただいたこと
これが、想像していた坐禅とまったく違って、すごく腑に落ちました。
実際、座っているあいだ、仕事のことも帰りの飛行機のことも次々に浮かんできます。でも、それを消そうとしなくていい。追いかけずに、通り過ぎさせる。そうしているうちに、外の鳥の声とか、風の音とか、自分の呼吸のほうが大きくなってくる。
4日間めいっぱい動いて、たくさん喋って、たくさん食べた最後にこの時間があったのは、本当によかったです。
西村副住職の「やってみたいこと」
坐禅のあと、副住職とお話ししていて出てきたのがこれです。
── 坐禅のあとの雑談で、西村副住職からうかがった話
海の上に浮かんだボードの上で、坐る。
お堂の中で、平戸城と海を見ながら坐っただけでも十分に新鮮だったのに、その海の上に出てしまおうというわけです。想像した瞬間、全員が「やってみたいです!」と言っていました。揺れる板の上では、雑念を追いかけている場合ではなさそうです。
そして、その入口として考えていらっしゃるのが「袈裟ップ」。袈裟(けさ)+SUP(サップ)です。まずこれで知ってもらって、坐禅のプログラムにつなげたい、と。
お寺の伝統を守りながら、届け方はここまで軽やかに考える。少なくとも今回お会いした方々には、この身軽さが共通してありました。
その瑞雲寺、Instagramもとても面白いので、ぜひ見てみてください。お寺の日常が、こんなに軽やかに発信されているとは思いませんでした。
▶ 瑞雲寺の公式Instagram:@zuiun45
平戸物産館で、おみやげを買う
おみやげは平戸物産館へ。平戸の銘菓や海の幸、地酒、民芸品がずらりと並んでいて、ここで買いました。(カスドースもここで買えます)

最後の最後に、佐世保バーガー
あとは長崎空港へ戻るだけ……なのですが、その道中で佐世保を通ることに気づいてしまった私たちは、当然のように寄り道をしました。


この大きさなので、正直、持った瞬間に崩れ落ちると覚悟していました。
ところが、まったく崩れませんでした。
いちばん驚いたのがバンズです。ふわっとしているのに、具の重さをしっかり受け止めてくれる。しかもほんのり甘いんです。この甘さが、ベーコンの塩気と目玉焼きに合っていて、最後まで飽きずに食べきれました。拍子抜けするほど、食べやすい。
大きさに身構えていたぶん、「あれ、いけるじゃん」と思いながら完食しました。平戸から長崎空港へ戻る道の途中なので、寄り道としてもちょうどいい位置にあります。
で、結局。平戸で「働けた」のか?
この出張の目的は、観光ではなく検証でした。だから、最後にちゃんと書きます。
4日間やってみて、わかったこと
- 通信環境は「場所によっては、かなりいい」。離島(的山大島)のワークスペースで下り150Mbps・上り350Mbps・レイテンシ18msが出ました。あくまで私たちが測った1か所の数字ですが、こういう場所があるとわかったのが、いちばんの発見でした。逆に、Wi-Fiがまだ入っていない施設もあります。
- 働く場所はある。ただし数は限られるので、先に調べておくこと。今回は城下町「陣屋 碧」1階のシェアスペース「間」と、的山大島の伝統的建造物の中のワークスペースを使わせていただきました。どちらも机と椅子と電源があって、快適に作業できます。
ただ、都会のようにカフェやネットカフェがそこらじゅうにあるわけではありません。「どこで働くか」を先に決めてから行くのが正解です(碧のWi-Fiは9月中に開通予定とのことでした)。
オフィスのおためしということであれば、まずは泊まっているホテルの部屋のWi-Fiを使うのがいちばん安心だと思います。移動もいらないですし、時間を気にせず作業できます。 - 移動は車が前提。今回のように市内と離島を4日で回るなら、レンタカーが現実的でした。フェリーは車ごと乗れますが、車を載せるには事前の電話予約が必要です(切符販売所 0950-23-2094)。便数も少ないので、時刻表とにらめっこすることになります。
- いちばん残ったのは、人でした。市役所の方も、観光協会の方も、島の支所の方も、館長さんも、副住職も、みなさん「自分の言葉」で町の話をしてくださいました。制度やWi-Fiの数字より、こちらのほうがずっと強く残っています。
正直に言えば、東京から平戸まではドアツードアで半日かかります。近くはありません。
でも4日間いてみて思ったのは、この町には「時間をかけて行くからこそ会えるもの」がとても多いということでした。お寺と教会が同じ風景に入ることも、195年前の嫁入り道具も、鯨で栄えた町並みも、港に住み着いているというイルカも、便利さだけでは測れないものばかりです。
そのうえで今の平戸には、それを残したままちゃんと仕事ができるインフラができつつある。この組み合わせは、けっこう貴重だと思います。
映像の会社として、ここで何ができそうか
最後に、私たちの本業の話も少しだけ。
今回いちばん手応えがあったのは、「撮って、その場で仕上げて、そのまま送れる」のが平戸で成立しそうだ、とわかったことでした。
撮影機材を東京から車で運び込んで、島まで船で渡って、戻ってきて編集する。この一連が4日間で普通に回りました。上りが350Mbps出る場所があるということは、重い素材を東京へ送るのに丸一日待つ必要がないということです。現地で撮って、現地で組んで、その日のうちに東京のチェックに回す——という進め方が、離島でもできる。
生配信でいえば、回線の細さがなにより怖いところです。今回まわった範囲では、場所を選べば十分な速度が出る——というのが実感でした。ただ、私たちが測ったのは1か所・1回きりなので、混み合う時間帯にどうなるかまではわかりません。事前に現地で、時間帯を変えて試しておくことが前提になります。
そのうえで、平戸には、寺と教会が同じ画角に入る町も、棚田と風車が並ぶ島も、夕日の海もあります。撮りたい場所と、送れる回線が、同じところにある。これは映像をつくる人間にとって、なかなか贅沢な条件です。
この記事に登場したみなさん
お世話になりました。ありがとうございました!
※ご所属・お役職は2026年9月の取材時点のものです。
- 松本 幸盛 さん
- 平戸市 文化観光商工部 商工物産課 課長
- 西宮 伸文 さん
- 平戸市 文化観光商工部 商工物産課 商工新産業班 班長
- 道添 隼 さん
- 平戸市 文化観光商工部 商工物産課 商工新産業班
- 川上 凜 さん
- 平戸市 文化観光商工部 商工物産課 地域おこし協力隊/地域コミュニティマネージャー
- 近藤 善弘 さん
- 一般社団法人 平戸観光協会 事務局長
- 小山 健二 さん
- 平戸市 大島支所 地域振興課 市民協働班 係長
- 岡山 芳治 さん
- 公益財団法人 松浦史料博物館・平戸オランダ商館 館長
- 西村 宗玲 さん
- 曹洞宗 金龍山瑞雲寺 副住職
平戸に行ってみたくなった方へ
観光で行く
- 平戸観光協会 ── まずはここ。モデルコースも豊富です
- 寺院と教会の見える風景 ── 平戸に行ったら絶対に立つべき場所
- 松浦史料博物館 ── 平戸市鏡川町12。じっくり見るなら時間に余裕をもって
- 平戸城 ── 亀岡神社も城内にあります
- 蔦屋 ── 文亀2年(1502年)創業。カスドースはここで
- シービューランチ ── 千里ヶ浜の乗馬。引き馬は800円から(2026年9月時点。最新の料金は施設へご確認ください)
- 平戸物産館 ── 銘菓・海の幸・地酒・民芸品。おみやげはここで
- 平戸瀬戸市場 ── 帰りに寄れる直売所。平戸大橋の見える展望テラスあり
- 市営フェリー(的山大島へ) ── 平戸港から。大人片道660円
- 神浦の重要伝統的建造物群保存地区 ── 鯨で栄えた町並み
- 春日集落と安満岳・中江ノ島(世界遺産) ── 今回は行けなかったので、次は必ず
企業として「試しに働いてみる」なら
平戸市 サテライトオフィスおためし支援/オフィス開設支援事業補助金
私たちが今回使わせていただいた制度です。平戸市の公式ページによると、市外の企業が市内の物件を使って連続3日以上の遠隔勤務を行い、その様子をSNSなどで発信することが条件。対象になるのは移動交通費・宿泊費・空き家の家賃・サテライトオフィスの施設経費などで、補助は対象経費の4分の3。上限は30日以上の滞在で1人30万円、30日未満で1人15万円です(地域のイベント等に参加した場合は5分の4)。オフィスを本格的に開設する場合の改装費・家賃の補助制度もあります。
ちなみに「SNS等で情報発信すること」は制度の要件なので、この記事もその一部です。そう思って読み返すと、なかなか気合いが入っているほうではないでしょうか。
※制度の内容・要件・予算枠は変わることがあります(本記事は2026年9月時点)。検討される際は必ず、平戸市 文化観光商工部 商工物産課 企業立地推進室(TEL 0950-22-9142)へ最新の内容をご確認ください。
最後に。
出張から戻って数日が経ちますが、いまでも仕事に詰まると、あの島の展望所から見た棚田と風車を思い出します。あと、イルカ。
働きに行ったはずが、しっかり心を持っていかれて帰ってきました。平戸のみなさん、本当にありがとうございました。また行きます。
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